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東京地方裁判所 平成5年(ワ)1941号 判決

原告

福島久美子

被告

宮脇滋

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金三一九万六八九一円及びこれに対する平成三年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、各自原告に対し、金一一二八万六七七八円及びこれに対する平成三年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、幹線道路(方南通り)と幅員約五メートルの道路(荒玉水道道路)とのT字形交差点の横断歩道上において、足踏自転車に乗つていた者が、荒玉水道道路から方南通りに左折しようとした乗用自動車に衝突され、傷害を負つたことから、その人損について賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成三年三月三日午後五時ころ(被告らは、午後五時四〇分と主張する。)

事故の場所 東京都杉並区永福四丁目二六番一七号先の方南通りと荒玉水道道路とのT字形交差点(別紙図面参照)

加害者 被告宮脇滋(以下、「被告滋」という。加害車両運転)

加害車両 普通乗用自動車(練馬五三せ六四六四)

被害者 原告。足踏自転車を運転

事故の態用 足踏自転車に乗つていた原告が、方南通りの歩道部分を結ぶ横断歩道上において、荒玉水道道路から方南通りに左折しようとした加害車両に衝突された(原告が自転車で交差点を横断中であつたかどうかについては、争いがある。)。

事故の結果 原告は、本件事故により左大腿部等に傷害を受けた。

2  責任原因

被告滋は、加害車両を運転中、前方の安全の確認を怠つたため原告に衝突したから民法七〇九条に基づき、また、被告宮脇衞は、加害車両の保有者であるから自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故について損害賠償責任を負う。

3  損害の填補(一部)

原告は、自賠責保険から六〇万八七〇〇円の填補を受け、また、治療費として一五万二八九〇円の填補を受けた(後記のとおり、原告は治療費として金額一四万八五九〇円を請求するところ、その差額四三〇〇円は、被告が直接病院に支払い、原告が本訴で請求していない分である。)。

三  本件の争点

1  損害額

原告は、本件事故により次の損害を受けたと主張する。

(1) 治療関係費 一七万七七一〇円

内訳 治療費(樺島病院に平成三年三月三日から同月四日まで入院。同月五日から同年四月一一日まで通院。立正佼成会付属佼成病院に同月一六日から同年一〇月七日まで通院) 一四万八五九〇円

入院雑費(一日当たり一二〇〇円。二日分) 二四〇〇円

交通費 二万六七二〇円

(2) 休業損害(代替労働力に要した費用) 二〇〇万九四九四円

原告は、美容院「クミ」を経営する等していたところ、同美容院の営業の確保等のため、入通院期間中、特殊技能者を臨時に雇用せざるを得なかつたが、これに要した費用である。

(3) 逸失利益 五三八万二二〇四円

原告は、本件事故のため、左大腿部痛により左股関節の可動域制限という後遺障害(一二級七号相当)を残し、又は少なくとも左第五神経根症に基づく局部に頑固な神経症状(一二級一二号相当)を残し、このため、労働能力が一四パーセント喪失した。そして、原告の右美容院経営等による所得は年平均三七〇万四〇四八円であるところ、本件事故当時五二歳であり、六七歳に達するまで一五年間稼働が可能であるから、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、本件事故による逸失利益は右金額となる。

計算 370万4048×0.14×10.379=538万2024

(4) 慰謝料 三三〇万〇〇〇〇円

入通院(傷害)慰謝料として九〇万円、右後遺症の慰謝料として二四〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用 一〇二万六〇七〇円

これに対し、被告らは、原告の症状は軽傷であり、後遺障害についても、自賠責調査事務所では左股関節には器質的な損傷がない等の理由で「非該当」と認定し、また、左第五神経根症に基づく神経症状もその診断経過から本件事故との因果関係が否定されるとして、争う。このため、原告が特殊技能者を臨時に雇用する必要性に乏しく、また、後遺障害を前提とする逸失利益や慰謝料の請求は認められないとし、なお、入通院慰謝料としては、三〇万円が相当であると主張する。

2  過失相殺

被告らは、被告滋が別紙図面記載の停止線で一時停止をし、その後約五メートル前進して歩道入口に加害車両が少しはみ出したときに原告を発見して急制動をしたものであるところ、原告は、加害車両が速度を緩めて走行したことから止まるものと軽信して加害車両の直前を進行したのであつて、本件事故の原因の半分は原告の右行為にあるとして、四割の過失相殺を主張する。

原告は、被告滋が一時停止をすることなく加害車両を進行させたのであり、原告に過失はない、仮に原告に過失があつたとしても、その過失は五パーセントに過ぎないと主張する。

第三争点に対する判断

一  原告の受傷の程度について

1  原告が本件事故により受けた損害の額を算定するに当たり、原告の受傷の程度が共通して問題となるのでこの点をまず検討すると、甲二の1ないし4、四の1ないし7、一〇、一一、乙一、五ないし七、原告本人によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、平成三年三月三日の本件事故の後、救急車で樺島病院に運ばれたが、疼痛、歩行不能のため、翌四日まで同病院に入院し、同月五日から四月一一日まで通算九日通院した。同病院では、左大腿、下腿打撲症、頸部捻挫、左上腕打撲症、腰部打撲症の傷病名であつたが、X線撮影の所見上異常はなく、理学療法をすることにより症状は徐々に軽快していつた。

(2) しかしながら、その後も原告は左大腿部に痛みを感じていたため、同年四月一六日から立正佼成会付属佼成病院の通院を開始し、同年一〇月七日まで実通院日数一八日間通院した。同病院における原告の傷病名は左大腿部打撲症、外傷性左大腿骨大転子部滑液包炎であり、局所に湿布や軟膏を塗布する治療が行われたが、大腿部の筋肉痛は持続した。同病院の担当医師は、右同日原告の症状が固定したと診断したが、症状固定時には、X線撮影の所見上異常はなく、左股関節の可動域に若干の制限が認められる程度であつた。

(3) 原告が平成五年六月に至り同病院の診察を受けたところ、同病院の担当医師は、X線撮影の結果、原告の左大腿骨大転子部における滑液が外傷により炎症を起こしていること、又は同部の打撲による血腫(皮下出血の固まり)が消失しないまま繊維化し、それが神経を刺激していることを断定することは困難であるとの所見であつた。もつとも、X線撮影の所見上、原告の第四腰椎と第五腰椎との間隔が狭くなつていることから、右担当医師は、原告が左第五腰神経根症となり、これが原因で左大腿部痛が起きたものと考えられるとしている。そして、同医師によれば、左第五腰神経根症は、交通事故の際の打撲等、腰部の急激なねじれや圧迫によつて生ずることが多いとのことである。なお、同医師は、原告のこのような症状は、牽引療法等により好転する可能性はあるが、完治するかどうかは疑問であるとしている。

(4) 原告は、本件事故に遇うまで腰痛や脚の痛みを感じたことはなかつたが、本件事故後、左腰部や左大腿部等に強い痛みを感じ、正座をすることができなくなり、また、長時間立つたままの作業をすることができなくなつた。なお、平成三年九月三日から鍼灸の治療を開始し、平成四年四月まで週一度の割合で鍼灸の治療を受けている。

(5) 原告は、平成三年一一月二八日、新宿の自賠責調査事務所で後遺障害等級の事前認定を受けたが、同年一二月一六日に「非該当」と認定されている。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  右認定事実によれば、原告は、本件事故により左大腿部や腰部等を打撲し、その治療のため、樺島病院や立正佼成会付属佼成病院に入通院したが、症状が固定した平成三年一〇月七日には、腰部等に痛みが持続するもののX線撮影の所見上異常はなく、左股関節の可動域に若干の制限が認められる程度であるから、原告が第一に主張する後遺症である「一下肢の三大関節中の一関節の機能に傷害を残すもの」の存在は認め難いといわなければならない。

しかし、原告が本件事故に遇うまで腰痛や脚の痛みを感じたことはなかつたことや、立正佼成会付属佼成病院の担当医は、原告が左第五腰神経根症となり、これが原因で左大腿部痛が起きたものと考えられるとしていること、左第五腰神経根症は、交通事故の際に打撲等、腰部の急激なねじれや圧迫によつて生ずることが多いことを総合すると、原告は、本件事故により左第五腰神経根症となり、このため、左大腿部等の局部に神経症状を残したものと認めるのが相当である。原告は、この点、右神経症状が頑固であるとして一二級一二号の後遺障害を残したと主張するが、前示のとおり他覚症状に乏しいことから右神経症状が「頑固」なものと認めるのが困難であり、一四級一〇号の後遺障害を残したものと認める。

なるほど、原告は自賠責調査事務所における事前認定では後遺障害等級に「非該当」と認定されているが、右認定は平成三年一二月一六日にされており、前示平成五年六月の立正佼成会付属佼成病院における担当医の診断を考慮していないことから、右判断の妨げとなるものではない。また、被告らは、事故当初の診断において、樺島病院、立正佼成会付属佼成病院ともにX線撮影の所見上異常はないとしていることから、本件事故と右神経症状との間の因果関係を否定するが、甲二、乙六によれば、樺島病院では左下肢、左上腕を、立正佼成会附属佼成病院では股関節をそれぞれX線撮影したのみであり、腰部をX線撮影して、その状態を把握していたわけではないから、右各当初の診断の内容も、右判断の妨げとなるものではない。

なお、原告の左第五腰神経根症は完治するかどうかは疑問であることから、生涯持続するものとして損害額を算定するのが相当である。

二  原告の損害額について

1  治療費関係 一七万七七一〇円

(1) 乙五ないし七によれば、原告は、その主張のとおり前示樺島病院及び立正佼成会附属佼成病院の治療費として合計一四万八五九〇円を要したことが認められる。

(2) 前示樺島病院における入院の雑費として、一日当たり一二〇〇円として二日間の合計二四〇〇円を要したものと認める。

(3) 甲六、一三及び原告本人によれば、原告は、前示樺島病院及び立正佼成会附属佼成病院の通院に当たり、腰部等の痛みのため歩行が困難であつたことから、タクシーを使用し、その合計が二万六七二〇円であることが認められる。

2  休業損害(代替労働力に要した費用) 五六万〇七五四円

甲七の1ないし57、八の1、2、九の1ないし6、一二、一三、乙三、四及び原告本人によれば、原告は、本件事故前において、美容院「クミ」を経営する傍ら、「福島由園」の通称名で女優等を相手のヘアデザイナーもしており、美容院で年間一四五〇万円程度、ヘアデザイナー業により年間五八〇万円程度の水揚げをし、これらの事業により得る所得は合計して年平均三七〇万四〇四八円であつたこと、原告は、これらの事業のため従業員やパートを雇用し、美容院については年平均六七四万八七一八円、ヘアデザイナー業については年平均七四万三五〇〇円を支払つていたこと、本件事故のあつた平成三年度は、原告は、長時間の立つたままの仕事が困難であつたり、調子が悪いと作業ができなかつたこともあつて、美容院の営業の確保等のため、人材派遣会社に二〇万円の入会金を支払つて特殊技能者等を雇用したこと、このこともあつて、従業員やパート代として、原告が本訴で請求する二〇〇万九四九四円も含め、美容院については七三〇万〇九七二円、ヘアデザイナー業については七五万二〇〇〇円をそれぞれ支払つたことが認められる。

右認定事実によれば、原告は、本件事故前にも従業員やパートの雇用のため相当額の出費をしていたが、本件事故後は、長時間の立つたままの仕事が困難であつたり、調子が悪いと作業ができなかつたこともあつて、特殊技能者等を特に雇用したことが明らかであり、平成三年度に要した雇用代金と事故前の年度の平均の雇用代金との差額である五六万〇七五四円が本件事故により代替労働力に要した費用と認めるのが相当である。

3  逸失利益 一九二万二二一五円

前認定のとおり、原告は本件事故のため左大腿部等に一四級一〇号の神経症状という後遺障害を残したところ、このため、原告の職種に鑑みれば労働能力が五パーセント喪失したと認めるのが相当である。そして、原告の美容院経営等による所得は年平均三七〇万四〇四八円であつたところ、本件事故当時五二歳であり、六七歳に達するまで一五年間稼働が可能であるから、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、本件事故による逸失利益は右金額となる。

計算 370万4048×0.05×10.379=192万2215

4  慰謝料 一四〇万円

前示の入通院の日数、治療の経過、後遺障害の部位、程度、内容に鑑みれば、入通院(傷害)慰謝料として五〇万円、後遺症慰謝料として九〇万円が相当である。

5  以上合計 四〇六万〇六七九円

三  過失相殺について

1  甲一、三(一部)、一三、一四、乙八の1ないし6、原告本人に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 被告滋は、平成三年三月三日午後五時ころ、荒玉水道道路から方南通りに左折するため、本件交差点にさしかかり、一時停止の標識があることから、別紙図面の停止線の約一〇メートル手前で減速し、停止線では完全には停止することなく、ゆつくりした速度で本件交差点に進入した。そして、加害車両の先頭部が横断歩道にかかる程度の位置で原告の自転車を発見し、急制動したが、横断歩道上で原告の自転車と衝突した。

なお、本件交差点の荒玉水道道路から見て左角には高さ約二・五メートルのブロツク塀が存在していて、荒玉水道道路からは、方南通りの井の頭通り方面からの歩道上の通行の事情を知ることができない。また、本件事故発生の頃は、未だ明るく、加害車両を含め、いずれの車両もライトを点灯していなかつた。

(2) 原告は、方南通りの歩道を自転車で通行することが許されていたことから、同通りの歩道上を井の頭通り方面から新宿方面に向かい自転車で進行し、本件交差点にさしかかつた。そして、本件交差点の手前で、自転車の前輪が横断歩道にかかる位置で確認のため停止し、加害車両が接近してくるのを発見した。しかし、加害車両が減速していたことから、加害車両が停止するものと思い、加害車両の先頭部が横断歩道にかかる程度の位置で進行中に、自転車を進行させた。その結果、原告の自転車が加害車両と衝突し、原告も自転車もろとも左側に転倒し、そのはずみで左腰部等を路上のコンクリートに強打した。

以上の事実が認められ、右認定に反する甲三の一部は、前掲各証拠に照らし、採用しない。

2  右認定事実によれば、被告滋は、一時停止の標識の手前で減速をしたものの完全には停止せず、また、原告の自転車の発見が遅れたものといわざるを得ず、これらの過失が本件事故の原因となつていることは明らかである。他方、原告も、横断歩道を進行するとはいえ、加害車両が進行しているのを知りながら、かつ、加害車両の進行中に、加害車両が即時に停止するものと軽信して、あえて自転車を発信させているのであり、このことも本件事故の原因となつていることは明らかである。以上の被告滋の過失と原告の落度の双方を対比して勘案すると、本件事故で原告の被つた損害については、その一割を過失相殺によつて減ずるのが相当である。

3  前示のとおり原告が主張する損害のうち正当と認められる損害額は四〇六万〇六七九円であるが、被告がさらに四三〇〇円を支弁したことは当事者間に争いがないから、同金額も加えた四〇六万四九七九円につき右過失相殺後の原告の損害額は、三六五万八四八一円である。

四  損害の填補

原告が自賠責保険から六〇万八七〇〇円の填補を受け、また、治療費として一五万二八九〇円填補を受けたことが当事者に争いがないから、右填補後の原告の損害額は、二八九万六八九一円となる。

五  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金三〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、被告の本訴請求は、被告に対し、金三一九万六八九一円及びこれに対する本件事故の日である平成三年三月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

現場見取図(原図)

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